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カラカラでも、満ち溢れていても

人間は何度もくりかえして生きたりはできません。 そして、何世紀にもわたって生きることもありません。 それほどたくさんの時間を配られちゃいないのです。 わりと早めに死んじゃったりするのです。 

 

糸井重里さんのことば。

どんなときにでも、生きる勇気にもなることばを紡いでいる人だなあと思う。

 

そうそう、わたしだって、いまこれを読んでいる人だって(チョットアクセス数が上がってきた笑)

あす、眼が覚めないかもしれないのだもの。

毎朝、朝日を浴びることを嬉しく思います。

わたしという存在も、あなたという存在も、

決して大きなものでしかないのかもしれないけれど、

誰にも真似っこなんて出来ない、唯一の存在なのですね、タブン。笑

いなくてもいいのだけれど、いてもいいって、一番良くないですか?

 

祖母は、平均寿命を超えて、どんどん幼くなっていくように見えます。

しかし、ただただ愛おしいのです。

人によって、もっと若くしてなくなる方も多いなか、

実家に帰れば、すぐそばに温もりを感じることが、嬉しいのです。

そして、それはわたしの原動力にもなっています。

そばにいつもいられるわけでもないから、

少し寂しく思います。

 

もし、失ったらなんてことは考えないようにして。

 

祖母が言った、「あなたは希望だ」ということばを噛み締めながら、

わたしはやりたいことを続けて生きていこうと思います。

弱さってなんだろう?

先日、「君は弱すぎる」と言われました。

たしかにその通りです。

いままで、自分がしてきたことを人のせいにしたことは

数え切れないほどあります。

理想の中で、守られた世界で生きてきたわたしが、

その中にいられなくなったとき、

絶望に陥り、その世界の矛盾さに屈し、

わたしは果たしてこの先に生きてゆくことができるだろうか、と

考えても考えても答えの出ないことばかりに

思いを巡らせていました。

それで身についたのは、「人に頼る」ということでした。

自分の境遇を泣いてくれる人は沢山いました。

必死で支えてくれる人も沢山いました。

そして、それに自分は救われてきたのです。

 

...一体弱さとはなんだろう?

この世で一番弱く無力である人間は、産まれたばかりの赤ちゃん?

でも、考えてみると、赤ちゃんほど弱くない存在はいないのではないか。。。

弱さ、弱さ、弱さ...

 

考えているうちに、よくわからなくなって、

弱くていいのではないかと

いつも思ってしまいます。

理想のこと

あのね、いままで読んでいた本から、

それから、友人たちにもらった大切な言葉を、

心の中でつぶやくことがクセになっています。

友人が教えてくれた、

「あなたのことを傷つけることができるのはあなたしかいない。」

というのはある経済学者の言葉らしいのですが、

その言葉自体に傷つき、反感を覚えながらも、

救われてきました。

正しい、正しくないというのは論ではなく、

自分にとってどう感じるか、消化していくかが重要なのですね。

勿論この言葉は、わたしはいつも反発したくなるのですが

(それは刺激に対しての反応は自分で取れる、ということで、その刺激には傷つく以外の感情も入ると思うから)

それでもショックなことがあるとブツブツと唱えていたりします。

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梅の香り

眠れない日々は続いていますが、まあ、のんびり行こうかね、という気持ちで受け入れています。

あさ、覚め続けている目を少し擦りながら、近所の公園を散歩していました。

梅の花はもう満開で、散り始めています。

傍に寄ってみると、思いがけず、甘い香りがしました。

梅の花って、結構甘い香りがするのですね。

こんな香りなんだと初めて気がついて、命を感じてなんとも言えぬ感動を覚えました。

 

ずっと自分を呪いながら生きてきました。

両親が納得するような理由の死を、探し求めていた気がします。

でも、本当は生き続けていたかったから、いまもここにいるのです。

わたしは生きるために綺麗事をはくことも、罪悪感を得るための行動も、もう必要ありません。

自分の未来を思い描いて、たまらなく胸が躍り、そして少し目眩がします。

 

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嫌いっていいな

わたしが嫌いな人がいるように(そんな人は著名人でほとんどわたしのことを知らないけれど)、わたしのことを嫌いな人はいます。

というか、人に会った時に嫌われることのほうが多いのではないか。

わたしは大体のことに関して、気を使わないからです。

いつの日か、初めて誰にも嫌われたくない人の気持ちがわかって、

それは、大勢多数の人のことが好きなんだなあ、失いたくないと思っているからなんだなあ、

なんて思ったのですが、それ以来、

わたしはどこへ行っても話せなくなって、

話せたとしても、気持ちの悪い作り笑いを浮かべながら

ボソボソと、なるべく人の記憶に残らないように心がけながら生活をしていました。

結果、変わらなかったような、もしかしたら前のわたしのほうが

人はいい印象を持ったかなあ、今では思います。

 

そして、わたしはある出来事以降、

前みたいに話せるようになりました。

で、嫌いだなあって思われてもいいやあって。

だって、それが多様性でしょう。

みんな少しずつ同じで、違くて、好きで、嫌いでって、

とってもいいなあ。

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空を見上げる

愛する人を失った時

こんなにも生きることに自責の念を感じるのですね

でもただ愛を信じている

だからこそ目先の楽しみではなく

もっと大きく物事を見なくてはならないのですね

友人に救われます

叱られないと、分からなかった

またきちんとした世界に戻してもらったような気がします

ああ、自分が”ほんとうのもの”を得るためには

時に傷ついて、もしかしたら今度こそ立ち直れなくなることがあっても

それを覚悟して向き合わなければならないのですね

 

わたしはもっと強くならなくてはいけません

誰も失いたくありません

でも、いつかは別れがくる

そしていつの日かわたしは死にます

そのときまで、大切なわたしと、

大切な友人たちと、大切な記憶を

大事にしていきたいです

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穏やかな:2016/12/13記

 

もしもなんて考えたくもないのだけれど

ようやく結論が出た

失うことがわかっていても

わたしはいまの道を選んだだろう

だって前の状況でずっと一緒にいても

結果は同じだったと思うから

 

胸の痛みはまだまだ続くけれど

それがここちよくもある

貴女のことをとても大切に思っているこのきもちは

全て本当だとずっと確信していられる

 

穏やかな悲しみ

穏やかな苦しみ

穏やかな恋しさ

それ以上に巡り会えたことの喜び

 

もっと一緒にいたかった

 

全部忘れないのだ

 

過去にとらわれているわけではない

 

貴女がいまどこにいるのか

多分わたしがおもうところにいるだろう

どうでもいい

どこにいても変わらず、ずっと、

 

待ってはいない

全て受け入れているつもり

待つと、一生待っていることになるだろうから

待っているということは、とらわれているということかもしれないから

 

 

貴女のことを思い出す時は

純粋なきもちのときだけでいたいんだ

いまのことからひっぱられるように

思い出したくはないんだ

 

わすれたくない、わすれるものか

穏やかな、、、

 

あのね

何もかもは覚えていないかもしれないけれど

目を瞑ると、ちゃんと貴女の顔を思い出せる

炊飯器で焼き林檎をよく作ってくれた

あの味も思い出せる

 

 

 

嬉しいのは

わたしのきもちは何一つ歪んでいないということ

そして貴女だけでなく、沢山の友人に恵まれていて

同じように愛しているということ