2019/11/29 わっしょい日常

なぜか今なら現状を知っても大丈夫な気がして

今年行ったマッサージ店のホームページを開いてみたら、担当だった人が消えていた

 

...

 

 

やっっっっっっっった〜〜〜〜〜!!!

 

 

 

今年体調崩した原因はいくつかあるのだけれど、

体が痛くて駆け込んだマッサージ店で

「何で僕指名したんですか?」「彼氏いるんですか?」「いい匂いですね、香水何使ってるんですか?」「頭のてっぺんからつま先までお綺麗ですね」「次来たときもその香水つけてきてくださいね」

と言われたことがかなりダメージが大きかった。

指名したのは二回目で、一回目の担当だったし他の人をわざわざ指名する理由がないし、彼氏いるか聞かれたの開始5分くらいだったし、嫌すぎ。

 

は?これだけのことで?と思われるかもしれないけれど

 

・自宅から徒歩1分のマッサージ店で普段から通る道にあること

・住所調べようと思えば調べられるであろうこと

・全身揉みほぐししてもらう人に言われる怖さ←ここ!!!

・体が痛いから行ったのに更に精神的なダメージを負う

 

のは今考えてもかなり嫌だ。

 

ほんとうにいなくなってくれてよかった〜〜〜

ウェルカム日常〜〜〜

 

 

 

2019/11/15

思い出す

ICUに入っていたとき、記憶はほとんどないのだけれど

私はおしめをしていて、トイレに行くのも車椅子でないとダメだった。

意識が朦朧としているなか、看護師に頼み紙とペンをもらい、今年制作予定だった劇映画の絵コンテを書いていた。

カーテン越しに見える隣の人は男の人だった、高齢でチューブが沢山繋がっていて、生きているのか死んでいるのかわからなかった。

 

 

私みたいな人は助けてもらいにくい。

チューブ一つ取れたら命を落とす人がゴマンといるなかで、私のためのベットなどどこにあるだろう?

それなのに受け入れてくれた病院には感謝してもしきれない。

主治医はどうみても過労で、彼自身も「長生きはできないね」と言っていた。(年間2000時間の残業ですよねと言ったら、いやもっとしてるねと)

最近ようやく分かったのは、私は彼の犠牲の上で助かったのだということだ。

なぜ今まで気づかなかっただろう。

なんどもなんども、いろんな人の時間を使って助けてもらった、大切な命を私は持っている。

なんて幸せなことだろう。

2019/11/14

宝物みたいな動画みつけた

 

www.youtube.com

 

今日後期始まって全然行けてないアニメーション史の授業に出た

いつも私が電気の消灯係をやっていた授業で

私がいないときはどうしていたのかなと思ったら

どうやら監督コースの子たちが交代で役割分担していた模様

他の生徒が電気をつけたり消したりするのは正直しないだろうな〜と思っていたので

何だかすごく嬉しかった

いつも最前列で受けている理由は他の生徒を見たくないからだけど

やっぱり後ろの方に座って益々心の距離を開き壁を作ってしまった

親しくなりたいと思う人がいないのは少し悲しい

同期はやはり特別な人が多かった

尊敬できる人や敵わないと思った人が結構いた経験は貴重だった

そういう人と出会えてよかった

 

2019/09/24

主治医の先生に「百点!順調すぎて怖いね。そんなに頑張らなくてもいいよ」と言われた。

ここのところ、生活の中で目標を作らないことを意識的にしている。

ただ死なないで、ただ生きる。

たったそれだけを目標にしていたらとても楽になった。

「生きてるー!えらーい!すごーい!」と彼はよく言う。

初めはバカみたいだと思っていたけれど

その言葉にどれだけ救われたかわからない。

布団みたいな、日向ぼっこをしているみたいな、湯たんぽみたいな、、、

冷え性でなくなるみたいな。

過去の苦しみがじんわり溶けるような。

 

 

恥ずかしいことに、今までかなり人間を馬鹿にしていた節がある。

誰かといるということについて。

でもそうじゃないよなあ。

たぶん、1人で生きられないから誰かといるのではなく、誰かといるほうが少しだけ生きやすくなるのだ。

 

2019/08/28

目を背けたい現実を真正面で見据える方々が他の人に与える希望は限りなく稀有だ。

 

 

静かにずっと怒っている。

自己の怒りがエネルギー源となり希望を見出している。

何も悪くないのに通り魔みたいに被害にあっても誰も助けることはできない。

そして何も悪くないのにセカンドレイプ的に責め立てられる。

平穏に歩めるはずだった輝かしい未来は永遠に奪われ、誰にも理解されることのない傷を抱えて苦しみに悶えながらその生を終える。

そんな人生に一体何の意味があったのだろう?

もう少し生きる意味を見出したいけれど、そういう人を少なくしたいというのが生きている理由の中で最も占めている。

何もかも許さない。忘れない。そして生きる。

2019/08/25 でもでも合戦

今の先生は専ら私の持つ性質について分析し、社会的に普通に生きられるようにさんざアドバイスする。

今の現状を変えていくのに過去の原因はなるべく触れられないようにされている。

それが心地良くもあり、しかし先生の言う「根本的解決」をするためには果たしてそれでいいのかと思う。

あそこまで虐げられてきて、それを疑問に思わず受け入れていたのは、自己肯定することができない私がいるからで、客観的に考えようとすると、自己肯定できないのは見えない抑圧や差別を無意識的に当たり前に受け取っていたからだ。などということを考えないといけないのでは、ひいてはそれが「根本的解決」に至る唯一の道なのではないだろうか。

 

先生が私に何度も言う言葉をそっくりそのままここに書く。

「君はね、まず若い女性で、大学生で、可愛いでしょ。僕には君の明るい未来しか見えないよ。過去の記憶に蓋をした方がいいと思うけどなあ。」

 

どうして、若い女性で、大学生で、可愛かったら明るい未来しか見えないのだろうか。こういう風に精神が安定していなくても養ってくれる男性がいるということだろうか。

というか可愛いという言葉の破壊力すごいな。私は自分のことを可愛いかはわからないが、自分のことをブサイクだとも可愛いとも美人だとも思いたくないし、そうした判断基準が自己にあるにせよ、自分にも他の人にもそうしたものさしで測りたくないので容姿って一番なくなればいいのにと思う。

話を戻すと、じゃあ中年の男性で、職がなく、ブサイクとみなされた人は?

 

 

きっと何もかもなかったことにするのが一番簡単で、何か守らなくてはいけないものや年齢に応じて、そうせざるを得ないしきっとそれで良いのだと思う日が来るのかもしれない。

自分のことを守ることを第一優先に考えるべきとは思うけれど、そうではない人たちがいたから昔よりかいくばくか生きやすくなっている今に生きていて、それを当たり前に享受することが理想なのかもしれないけれど、問題はまだまだ山積みなのを知っていて目をそらすことに何の意味があるのだろう?

 

 

ただでさえ自分すら危ういのに、自分と同じような経験をしてから、自ら死ににゆくことも、その後自分では背負いきれないような過去に潰されそうになりながら生きながらえることも、誰にもして欲しくない。

そう思うのだったらなかったことにはできない。

でも少ししかできない。できないことがほとんど。

だから過去の記憶に蓋をしたくないし、できない。

2019/08/14

「なりたくない人にならないようにしようとすればするほどそうなってしまう気がする」といつかどこかのラジオで聴いて、逆説的に考えればそうだし、アダルトチルドレン的な人たちはそういった悩みがどこかであるのだと思う。

 

そうやって考えていると、わたしは人一倍勇気がないのかもしれない。

自分のことを勇気のある人だと思っていたけれど。

ないながらも、最大限の勇気を振り絞っている自信はある、気もするし、そうでない気もする。

 

ここのところ1ヶ月くらい、乖離が酷いのと薬の影響で、あまり人生の調子が優れなくなってきている。とほほ。

 

遠藤周作さんの本に、「明日できることは今日しなくていい」って書いてあったのだけれども、誰にとっても同じように、いつまで生きられるかわからないから、その日その日で力の限りを尽くしたいとどうしても思う。

 

難しい道を選びたい。

暗闇で生きるより光の中を、悲観的よりも楽観的に、自分のためだけではなく自分と自分以外のために、死を選ぶより生にしがみついていたい。(これはわたしにとっての難しい道であって他の人とは異なることははっきりと記しておく。)

 

いつかの500円玉が視界に入った。

キラキラした沢山の記憶たちとその中の人たちのことを思い出す。

彼が言った言葉を思い出す。

わたしの持っているものは手放さなくていい。

感情も、感性も、気性も、大切に持ち続けたい。

 

毎回言っているけれど、絶対に諦めないようにしよう。

ずっと、あともう少しだけ頑張れると思って生きよう。

最後の最後の最後まで、信じたいものを信じよう。