2019/09/24

主治医の先生に「百点!順調すぎて怖いね。そんなに頑張らなくてもいいよ」と言われた。

ここのところ、生活の中で目標を作らないことを意識的にしている。

ただ死なないで、ただ生きる。

たったそれだけを目標にしていたらとても楽になった。

「生きてるー!えらーい!すごーい!」と彼はよく言う。

初めはバカみたいだと思っていたけれど

その言葉にどれだけ救われたかわからない。

布団みたいな、日向ぼっこをしているみたいな、湯たんぽみたいな、、、

冷え性でなくなるみたいな。

過去の苦しみがじんわり溶けるような。

 

 

恥ずかしいことに、今までかなり人間を馬鹿にしていた節がある。

誰かといるということについて。

でもそうじゃないよなあ。

たぶん、1人で生きられないから誰かといるのではなく、誰かといるほうが少しだけ生きやすくなるのだ。

 

2019/08/28

目を背けたい現実を真正面で見据える方々が他の人に与える希望は限りなく稀有だ。

 

 

静かにずっと怒っている。

自己の怒りがエネルギー源となり希望を見出している。

何も悪くないのに通り魔みたいに被害にあっても誰も助けることはできない。

そして何も悪くないのにセカンドレイプ的に責め立てられる。

平穏に歩めるはずだった輝かしい未来は永遠に奪われ、誰にも理解されることのない傷を抱えて苦しみに悶えながらその生を終える。

そんな人生に一体何の意味があったのだろう?

もう少し生きる意味を見出したいけれど、そういう人を少なくしたいというのが生きている理由の中で最も占めている。

何もかも許さない。忘れない。そして生きる。

2019/08/25 でもでも合戦

今の先生は専ら私の持つ性質について分析し、社会的に普通に生きられるようにさんざアドバイスする。

今の現状を変えていくのに過去の原因はなるべく触れられないようにされている。

それが心地良くもあり、しかし先生の言う「根本的解決」をするためには果たしてそれでいいのかと思う。

あそこまで虐げられてきて、それを疑問に思わず受け入れていたのは、自己肯定することができない私がいるからで、客観的に考えようとすると、自己肯定できないのは見えない抑圧や差別を無意識的に当たり前に受け取っていたからだ。などということを考えないといけないのでは、ひいてはそれが「根本的解決」に至る唯一の道なのではないだろうか。

 

先生が私に何度も言う言葉をそっくりそのままここに書く。

「君はね、まず若い女性で、大学生で、可愛いでしょ。僕には君の明るい未来しか見えないよ。過去の記憶に蓋をした方がいいと思うけどなあ。」

 

どうして、若い女性で、大学生で、可愛かったら明るい未来しか見えないのだろうか。こういう風に精神が安定していなくても養ってくれる男性がいるということだろうか。

というか可愛いという言葉の破壊力すごいな。私は自分のことを可愛いかはわからないが、自分のことをブサイクだとも可愛いとも美人だとも思いたくないし、そうした判断基準が自己にあるにせよ、自分にも他の人にもそうしたものさしで測りたくないので容姿って一番なくなればいいのにと思う。

話を戻すと、じゃあ中年の男性で、職がなく、ブサイクとみなされた人は?

 

 

きっと何もかもなかったことにするのが一番簡単で、何か守らなくてはいけないものや年齢に応じて、そうせざるを得ないしきっとそれで良いのだと思う日が来るのかもしれない。

自分のことを守ることを第一優先に考えるべきとは思うけれど、そうではない人たちがいたから昔よりかいくばくか生きやすくなっている今に生きていて、それを当たり前に享受することが理想なのかもしれないけれど、問題はまだまだ山積みなのを知っていて目をそらすことに何の意味があるのだろう?

 

 

ただでさえ自分すら危ういのに、自分と同じような経験をしてから、自ら死ににゆくことも、その後自分では背負いきれないような過去に潰されそうになりながら生きながらえることも、誰にもして欲しくない。

そう思うのだったらなかったことにはできない。

でも少ししかできない。できないことがほとんど。

だから過去の記憶に蓋をしたくないし、できない。

2019/08/14

「なりたくない人にならないようにしようとすればするほどそうなってしまう気がする」といつかどこかのラジオで聴いて、逆説的に考えればそうだし、アダルトチルドレン的な人たちはそういった悩みがどこかであるのだと思う。

 

そうやって考えていると、わたしは人一倍勇気がないのかもしれない。

自分のことを勇気のある人だと思っていたけれど。

ないながらも、最大限の勇気を振り絞っている自信はある、気もするし、そうでない気もする。

 

ここのところ1ヶ月くらい、乖離が酷いのと薬の影響で、あまり人生の調子が優れなくなってきている。とほほ。

 

遠藤周作さんの本に、「明日できることは今日しなくていい」って書いてあったのだけれども、誰にとっても同じように、いつまで生きられるかわからないから、その日その日で力の限りを尽くしたいとどうしても思う。

 

難しい道を選びたい。

暗闇で生きるより光の中を、悲観的よりも楽観的に、自分のためだけではなく自分と自分以外のために、死を選ぶより生にしがみついていたい。(これはわたしにとっての難しい道であって他の人とは異なることははっきりと記しておく。)

 

いつかの500円玉が視界に入った。

キラキラした沢山の記憶たちとその中の人たちのことを思い出す。

彼が言った言葉を思い出す。

わたしの持っているものは手放さなくていい。

感情も、感性も、気性も、大切に持ち続けたい。

 

毎回言っているけれど、絶対に諦めないようにしよう。

ずっと、あともう少しだけ頑張れると思って生きよう。

最後の最後の最後まで、信じたいものを信じよう。

 

 

 

2019/08/13 入院中某教授への報告

平素お世話になっております。

方々に連絡してしまい、まとまりがなくなってしまって申し訳ありませんが、とりあえずわたしは無事です。

人生ってなかなかうまくいかないものですね。
PTSDを克服したかと思えば、乖離が酷くて気がついたら大量服薬で2日運ばれ、気がついたら首を吊りながら救急救命され、警察署のオリのなかにいたりなど、結果として四日間連続で199してしまいました。

どうやら、今のわたしが幸せなのが過去のわたしが許せないそうなのです。わたしはいつも許すということについて考えさせられてきました。

さて、一人だと勝手に死ににいく身体になってしまいましたので、当分退院は難しそうです。
わたしに残された半期の休学期間と、在学可能期間に果たして卒業出来るのか、またギリギリな判断を迫られそうです。
とりあえず、前期に提出予定の課題は進めていますが、今後のことは一切未定です。
目下、後期から休学して来年度からまたやり直すのが現実的かと思います。

いまわたしのいる病棟は、精神的に不具合がある以外のかたが多く、そのかたがたも様々な葛藤と苦悩のなかでギリギリで生きておられます。

もう疲れた、おしまいにしたい、いやそんなことを言っていてはだめだ、生きねば、と、叱咤しながら、何度も落としかけた自分の命に残されている時間があと果たしていくらあるのかを考えずにはいられません。

最後の最後まで余すことなく生ききる所存です。
またお会いできますよう。


薬の副作用でスレンダーになりました。外へ出ればモテモテなのに、出られない始末!

2019/08/09

退院した。

かなりの早期退院だったなあ(先生に言わせるとそうでもない)と思った、というか

「退院可能な一番早い日に出て行きます」と言ったのだった。

ここでは命が守られていて...

いられるならずっとここに住みたいけれど、そうもいかないから。

だから出て行くのが早い方が自分にも他の人にもいいと判断した。

心を少しおいてきたので、ああ、これが寂しいという感情か、と久々に胸が痛む。

幻覚と幻聴が激しい、両親と同じくらいの年齢(には到底見えないのだけれど)の女性ととても仲良くなった。

いつもいい匂いがしていて、優しくって、優しいが故に幻聴にもわかっていても回答するような人で、最後の方はずっと一緒に、隣で、体が暖かいなあと思いながら甘えていた。名残惜しくって、お別れの時になんども抱きついた。

 

また、もう少しだけ生きようと思う。

”普通の人”が当たり前にできる、ただ生きるということが

どうしてわたしにはこんなに辛いものになってしまうのだろうか。

 

病院での経験は大きいものだった。

 

ギリギリで生きる人たちの、何と美しいことか。

何もかもが痛くてたまらなくて、それでも生きようとする人たちの

何と美しいことか。

 

わたしだけだった。退院したくないのは。

みんな、早く退院したいと言っていて、そして未来を夢見ていた。

 

今はまだ少し勇気が足りないけれど

近いうちに、わたしも未来を夢見たい。

 

わたしじゃない人たちが、わたしの命を続ける努力をしてくれたから、

今ここにいるということを、忘れずにいようと思う。

 

2019/07/24 理解

作品は1人では作れないなあと思った。

わたしのゼミの教授にとてもためになることを教わった。

今朝も戻してしまった。どこ行っても痩せた?と言われる。

お腹が空いているけれど無理くり食べている感じ。

人と一緒だと大丈夫なの、不思議。

人と一緒だと、美味しいし楽しい。

1人で食べるご飯が楽しくないの、危険信号なので気をつける。

 

昨日は鍼灸院へ行ってきた。終わりにビールをもらって少しお話しした。

わたしも鍼灸師になりたい。

寄り添えるような、隣にいられるような人になりたい。

心は大丈夫なのに、体がついてきてくれない。

だから、無理しているから、じゃあどうしようか?

 

昨日は大学の先生に事情をお話ししてお休みした。で、鍼灸院に。

心配されるような人間が、誰かの傍になんていられない。

 

まず自分がしっかりしないと。

わたしがわたしのために、富めるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、愛し、敬い、助け、癒し、その命がある限り、死がわたし自身の生を奪うまで、

わたしは諦めたくない。